FC2ブログ

特別展「王羲之から空海へ」を観に行きました

先月から大々的に宣伝していて話題となっている大阪市立美術館の特別展「王羲之から空海へ -日中の名筆 漢字とかなの競演-」を観に行ってきました。

Twitterでは、遠方の方々が来阪してレポートしてくださってましたが、近いといつでも行けるという気持ちが先だって、かえって機会をのがすことになりそうで、エイヤと朝から出発しました。GW中のしかも日曜日、できるだけ空いてる時間帯をと開館と同時に入る作戦です。

---------------------------
大阪市立美術館
特別展「王羲之から空海へ -日中の名筆 漢字とかなの競演-」

会期:2016年4月12日~2016年5月22日
入場料:大人 1,300円, 高大生 1,000円
---------------------------

開館が午前9時半からなので、それくらいに着くように家を出ました。最寄駅は、大阪の天王寺で、駅近くにある天王寺公園にあります。大阪のど真ん中で、通天閣や阿倍野ハルカスなどが隣接してる、大阪が観光地としても整備してきたエリアですが、普段まったく縁もなく微妙に遠い距離です(´・ω・`)

「天王寺」と名の付く駅は、JRも含めて3つありますが、公園に一番近いのは地下鉄谷町線が一番近いです。
天王寺
↑紫色が谷町線。その他JR、地下鉄御堂筋線(赤色)でも行けます。

谷町線だと降りて地上へ上がれば、すぐ公園です。
動物園
↑今日は、どうぶつえんに来たんじゃありません!!

実は、綺麗に整備されてから来たのは初めて(^^;前に来たのは数十年前の学生だった時・・・

9時過ぎに美術館前に到着しましたが、もう既に人が並び始めていました。
並んでる
↑外門

並んでる2
↑9時20分ごろに外門が開けられて、9時半の開場までまた並んで待たされてるところ。待ってる間にも、どんどん人が後ろへ並びます(^^;

Twitterでブツブツつぶやきながら、待っているうちに開場されました。前売り券を持ってる人が、どんどん先に入って行きます。私は持ってなかったので、あらかじめHPからダウンロードした割引券(100円割引)をもって発券所へ。
パンフ

お客さんは、おそらく書道関係者であろうおばさま連れ、どちらかが書道やってるだろう年配のご夫婦、中高大学の書道部であろう女の子たち、会話から書道教室の先生とお弟子さんのグループ、まったく書道なんて知らないけれどGWだし日曜だしで来た年配のご夫婦・・・といった感じです。

さて、パンフも取って展示場へ・・・展示場は、1階が主に中国の年代順、2階が主に日本の年代順となっています。
入場券はすぐに買えたのですが、前売り券でドドッと先に入ったグループがおそらく王羲之の書が展示されているであろうケースの前へ群がっていて、近寄りがたい感じに(^^;そんな一か所へ集まらなくても・・・

仕方がないので、まだ誰も群がってない周りのケースを除いてみると・・・参考書で見た欧陽詢や褚遂良、虞世南などの拓本が!(*´▽`*)なぜ、みんなこっちを見ない?

今回展示されるものは、こちらです。

主な展示物(←クリックorタップ)
展示予定(←クリックorタップ)

会期中に作品の入れ替えがあります。

2時間半かけて一通り見て回りました。書道関係者の人は、お気に入りの作品の前から動いてくれないし、そんなに興味もないクセに(←こら!)来た人は、どんどん後ろから「早よ行け!」とばかりに押してくるしで、結構疲れます(´・ω・`)見るためにみんな並んでいるのに、ドサクサ紛れに途中へ割り込もうとするご夫婦や人が見てる前へ割り込んで邪魔する書道ガール・・・もとい書道マダムや・・・さすが大阪、後れを取ると観たい作品にありつけない感じです"(-""-)"

【書展を観ての感想】
●拓本は、まぁやっぱり拓本でした。本によって状態の良い物悪い物があります。状態が良くてクッキリ写し取られた拓本は、カッコイイ!です。個人的には、王羲之の「十七帖」や「楽毅論」「蘭亭序」、それに「集王聖教序」の整本が観れたこと、その他好きな欧陽詢の「九成宮醴泉銘」や唐の四大家の拓本を生で観れたこと、このあたりがクライマックスでした(*´▽`*)(←え?出オチ?)

●しかし、つぎのブースへ進み、宋の四大家(北宋960年 - 1127年)、蔡襄(さいじょう)・蘇軾(そしょく)・黄庭堅(こうていけん)・米芾(べいふつ)などが出てくると、途端に難しくなります。とくに、蘇軾黄庭堅米芾は、伝統的な技法を無視して自分の書を表現した革新世代として偉大とされていますが、はっきり言って何が良いのやらサッパ~リ分かりません(´・ω・`)行書だけど崩しすぎ、ウネウネして整ってなさすぎ、この美的感覚は私にゃありません。ふと、そう言えばさっきまで拓本だったけどここは紙と筆だなぁ、紙と筆の第一世代がこの人たちだとすると、まだ紙に筆で書くこと自体が未成熟なだけなんじゃないの??的な妄想をしてしまいます(´・ω・)(←無知蒙昧の極み)

●ところが、またブースを進めて、南宋~元の時代(1127年 - 1279年)になると、字粒をちゃんとそろえて綺麗に書いたものが出てきます。趙孟頫(ちょうもうふ)などは分かります。・・・やっぱり、北宋の頃は紙と筆に慣れてなかっただけでは・・・(--;(←そこから離れなさい!)

●中国の南宋以降には興味がないので、日本のコーナーへ。わが国の初期の作品は、主に写経です。奈良時代、天平文化での写経から始まります。天平の写経は、非常に緻密でカッチリしていてカッコいいのですが、平安、鎌倉期に進むにつれて・・・(´・ω・`)ん?ってなります。平安期の写経は、平安のイメージどおり柔らかい字体でいわゆる「華やか」といえば聞こえはいいんですが、天平期のものに比べると、中心がそろってなかったり字が少し傾いていたりと若干いい加減さがあります。鎌倉期に入るとそれがさらに酷くなります(。´・ω・)? 思うに、奈良時代は写経というのが入ってきたばかりで、熱心だったのが、次の世代へ行くにしたがって有象無象まで写経の世界へ流れ込んできて質が落ちていったのでは?と・・・ちょうど私たちも祖父祖母世代が立派な字を書いていたのに我々は稚拙な字しかかけないように・・・

●・・・帰宅してから、おさらいに江守先生の「字と書の歴史」を紐解くと、こんな記述が・・・
「奈良時代の写経は実用研究のためのものですから、誤字脱字は許されませんでした。ところが平安時代になると奉納・装飾という意味合いが強く出てきたためか、誤字脱字がところどころに見られるようになりました。それが鎌倉時代以降になるとずいぶん粗雑になっています。これが各時代の写経の違い・特色といえましょう。」江守賢治著「字と書の歴史」
どうやら、奈良時代の写経所は、印刷所のようなもので、誤字脱字チェックも厳しく、校正も3校まであったようですが、平安時代になると、それが飾り物のアイテム化して、ずいぶんいい加減なものになったということのようです。

●そのあと、かなの書のコーナーへ。色紙や切を見ました。小さいとは聞いていたけど、色紙ってこんなに小さいのね(~_~;)という感想でした・・・(←え?それだけ!?"(-""-)")だって、良し悪しがイマイチ分からないんだもの(^^; 小ささと繊細さとで、「手芸?」という印象。確かに、これが恋の歌で当時の人のようにスラスラ読めたら、「かぁわぁいぃ~ん♡」って当時のギャルは思ったかもしれません(←なんだそりゃ?(´・ω・`))これが現代のかなへ繋がってるわけですから、書として書いてみるのは面白そうとは思いますし、いずれ書かなきゃなりません。でも、読めて理解できるようになれるかは、さらに不安になりました(;^ω^)

以上(←え?空海は?嵯峨天皇は?)、まだまだ見る目や感性が育っていない私には、これが限界です(@_@;)こういうのを見て、感動!感激!作品の前で手を動かして書きぶりをイメージする!とかいうレベルになるのはいつのことやら・・・(--;

最後に、売店で図録を買って帰りました。
図録

↑ゲッ!デカッ!重っ!高っ!(; ・`д・´) (わかくさ通信と同じ大きさで3センチの厚さ、価格¥5,000-)





関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

@Sai

Author:@Sai
ようこそ@Saiのブログへ!
本ブログは、私の趣味の記録です。趣味の勉強ノートと割り切ってるので、お見苦しい個所も多々ありますが、よろしければご笑覧ください。
このブログは、2013年6月より開始しております。
2013年3月からパイロットペン習字通信講座を開始しました。
2013年7月から競書誌ペン時代を始めました。
2015年4月から競書誌ペンの光を始めました。
2015年12月からお遊び毛筆始めました。
パイロットペン習字通信講座(B系統)、ペン時代、ペン習字、その他・・・


【常設記事】
ペン字・ペン習字用語集(随時更新)
ペン習字ブックガイド

カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
最新記事
カテゴリ
ペン字関連のお勧めサイト
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR